ひとり多数決 GATO JAPAN ORIGINAL NOVEL
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律が親友の胸元をつかんで向き合う。啓の背後には七人の影が重なり、赤い投票片が舞う。

その顔で、
僕の親友を返せ。

ひとり多数決

親友の身体を奪った、七人の意識。
取り戻す鍵は、その中の多数決。

一票を、動かしてみる。第1巻を試し読み
全3巻のオリジナル長編小説刊行準備中SCROLL

顔を見ても、敵の数はわからない。

身体 1意識 8
物語のはじまり

親友は、
まだそこにいる。

ただ、その身体を動かせない。

人を殺すと、殺された人の意識が、
殺した人の身体へ移る。

名取律を救った親友・朝倉啓。
彼が倒した男の中には、七人いた。

七人が入り、啓の身体を奪った。
姿も声も、律の知っている親友のままで。

律は、今もその中にいる啓を取り戻そうとする。
目の前の敵を傷つければ、親友も傷つく。
力だけでは届かない相手に、どう手を伸ばすのか。

律に見えているもの

顔も、声も、親友のまま。

目の前にいるのは啓。けれど、その身体を動かすのは別の誰か。
大切な人の顔をした敵に、律は向き合う。

啓の身体に起きていること

啓は、消えていない。

七人が入り、主導権を失った。啓は自分の身体の中で、律の声を聞いている。

ここまでが、物語のはじまり。

この街で起きていること

身体はひとつ。
意思は、ひとつじゃない。

  1. 殺せば、
    入ってくる。

    被害者の意識は、殺した人の身体へ移る。相手の中に複数の意識がいれば、その全員が移ってくる。

  2. 一人に、
    一票。

    誰に身体を任せるかを、内側の意識が選ぶ。全体の半分を超える支持を得た人が、その身体を動かす。

  3. 同数なら、
    持ち主。

    過半数を得た人がいなければ、元の身体の持ち主が動かす。ほかの人が過半数を得たときは、その人が動かす。

  4. 身体は、
    戻らない。

    意識が残っても、失われた肉体は戻らない。声も、痛みも、生きる場所も、一つの身体を共有する。

内側で口にした言葉は、同居する全員に届く。
けれど、黙っている人の思考や記憶までは読めない。

約1分の体内投票

一票で、立場が変わる。

数える。選ぶ。そして、一票を変える。
この街の異常を、少しだけ体験してみよう。

三つの投票で分かること

Aに二票、Bに三票なら、Bが動かす。一票がBからAへ変わると、Aの三票が過半数になる。AとBが三票ずつなら、元の身体の持ち主Aが動かす。

JavaScriptを有効にすると、この投票を操作できます。

この街に生きる人たち

その顔の、
向こうにいるのは誰だ。

名取 律の全身正面。正式設定画より。
親友を取り戻すために

名取 律

なとり りつ / 19歳

「聞こえてるなら、聞いてくれ。」

印刷所を手伝う青年。人の言いかけた言葉を、手帳の余白に残す。自分を救ってくれた啓の身体が奪われたとき、見えない相手との交渉を始める。

朝倉 啓の全身正面。正式設定画より。
自分の身体に閉じ込められた親友

朝倉 啓

あさくら けい / 19歳

「聞こえてる。ここにいる。」

迷うより先に、誰かを助けに走る律の親友。律を襲う男を倒した直後、身体の主導権を奪われる。声を出せなくても、律の声は届いている。

久世 芹の全身正面。正式設定画より。
返事を待つ救助者

久世 芹

くぜ せり / 22歳

「その人が黙ってる理由まで、決めないで。」

市民の避難を手伝う女性。手際のよい応急処置と、妙に長い沈黙。独りで行動しているように見えるが、誰かへ返事をすることがある。

間宮 周の全身正面。正式設定画より。
親友の顔で話しかける男

間宮 周

まみや しゅう / 38歳

「彼を傷つけたくはないでしょう。」

啓の身体を動かし、律に取引を持ちかける。穏やかな言葉で安全を約束し、助けた人々を自分のそばに置こうとする。

画像は間宮自身の肉体の設定画です。啓を動かしているときの外見は、朝倉啓のままです。

千草 梢の全身正面。正式設定画より。
身体の数では数えない

千草 梢

ちぐさ こずえ / 36歳

「無事な人を、一人ずつ確かめます。」

避難と救助に当たる警察官。異常な状況でも、記録と確認を省かない。親友を取り戻したい律と、街に残された人たちの双方を守ろうとする。

物語のはじまりの関係

名取 律親友を取り戻したい
親友
朝倉 啓の身体啓の意識が残る主導権:間宮 周

久世 芹律の救出に協力

千草 梢市民の避難と保護

導入時点の関係です。身体の外見と、それを動かす意識は一致するとは限りません。

第1巻「親友を返せ」より

その声を、
知っていた。

第一章「親友の声で」冒頭

 啓の声を、聞き間違えたことはなかった。

 印刷機の回る音に半分ほど削られても、店の前を走る配送車に最後の一音を持っていかれても、名取律にはわかった。呼ばれるより先に顔を上げることさえあった。そういう付き合いの長さを、律は長さとして考えたことがなかった。

「律。これ、西じゃなくて東で合ってる?」

 だからそのときも、紙をそろえたまま答えた。

「どれ」

続きを、ひらく。

「避難所の矢印。なんか反対に見える」

「地図を逆さに持ってる」

「ああ」

 朝倉啓が紙を回した。その勢いで下の一枚が滑り、作業台の角へ落ちかける。律が押さえるより早く、啓の大きな手が止めた。

 用紙には、まだ機械を通ったばかりのぬくもりが残っていた。

 名取印刷所では、午後からずっと同じ地図を刷っていた。西へ抜ける県道。市民体育館。臨時のバス乗り場。避難先の名前よりも大きな文字で、歩けない人は迎えを待つようにと書いてある。市から届いた原稿には、迎えが何分で来るのかは書かれていなかった。

 律は腕時計を見た。自分の時計ではない。作業台に肘をついた啓の、左の手首だった。薄く汚れた布のベルトが、汗を含んで色を濃くしている。

「五時の更新は?」

「まだ。千草さんが来たら、そっちに差し替えればいいって」

「一回出したやつ、全部は戻せないぞ」

「わかってる。だから時間も入れたんだろ」

 啓が地図の隅を指した。十六時三十分現在。そこだけ、本文より細い字になっている。

 律は父に頼まれて時刻を足していた。道が閉じたとき、古い紙が残る。大きな矢印には、人を歩かせる力がある。印刷した側が正しいと思っている間だけ効く力ではない。

「もう少し大きくする?」

 奥から修司が言った。

 父は紙の束を右の手のひらに打ちつけ、端をそろえていた。爪の際の黒い汚れは、石鹸で洗っても取れない。律が子どものころ、父の手はいつでも何かを触ったあとだった。

「次からでいい。今ある分は、僕が赤で囲む」

「全部?」

「二百枚でしょ」

「百八十。二十、裏が擦れた」

 修司は床の箱を顎で示した。

 箱には、赤いペンで一本ずつ線を引かれた紙が入っていた。表には間違いがない。裏に黒い汚れがついているだけだ。律はもったいないと思ったが、拾い上げなかった。裏を確かめるために足を止める人がいるかもしれない。違う地図が透けていると見えるかもしれない。今日は、そういう「かもしれない」を捨てる日なのだと、父の手つきを見て思った。

 店先のラジオが、また同じ呼びかけを始めた。

 鳴瀬市内の一部で、意識の混乱を伴う事案が複数確認されています。

 その先は印刷機が吸い込んだ。律は耳を向けたが、啓が取っ手を引いて機械を止めるほうが早かった。

 刃物その他の危険物を持つ人に近づかず、安全な場所へ移動してください。西側の県道は通行できます。自家用車の利用が難しい方は――。

 聞き慣れた女の人の声だった。いつもなら、ごみの収集日や花火大会の交通規制を知らせている。今日は三十分おきに同じ声が流れ、流れるたびに、語尾の静けさが少しずつ怖くなった。

「意識の混乱って、結局なんだよ」

 啓が言った。

「わからない」

「昼の動画、本物かな」

「どれが?」

 スマートフォンには、違う場所の映像がいくつも届いていた。何年も前の事件だと注記のついたものも、撮影した人がすでに消したものもある。父の連絡先に送られてきた動画では、病院の入口に立った人が誰かの名前を叫んでいた。自分の名前ではない、と説明の文字がついていたが、律には、それがどうしてわかるのかがわからなかった。

「自分の奥さんじゃないって言ってたやつ」

「自分の奥さんに、ああいう言い方をしただけかもしれない」

「そうだけどさ」

 啓は肯定も否定もせずに、机の紙をもう一度そろえた。

 店の外を、荷物を抱えた人が二人通った。キャリーケースの車輪が、古い舗装の継ぎ目でひっかかった。片方が引き直す前に、啓がガラス戸を開けた。

「持ち上げましょうか」

 返事を待つあいだに、片足だけ外へ出ていた。

 律は、その足を見た。白い靴底。右の外側だけ減っている。啓はいつも右に体重をかけて立つ。思い出しているのではなく、知っていたことが目に触れただけだった。

 断られると、啓はすぐに足を戻した。二人は会釈して西へ歩いていった。律たちのいる印刷所とは逆に、町の人の流れは一方向になりつつあった。

「俺たちも配ったら出よう」

「お母さんは?」

「先に行った。体育館じゃなくて、市外の親戚のとこ。さっき電話きた」

 啓はポケットからスマートフォンを半分出し、やめた。

「おまえんちは?」

 律は父を見た。

 修司は紙の箱に蓋をせず、ラジオを見ていた。古いラジオだった。右のつまみが取れ、軸に黄色いビニールテープを巻いてある。新しいものを買う金がないのではない。今のが聞こえるからという理由で、父は買い替えなかった。

「父さん、どうする」

「この束が終わったら、シャッターは下ろす」

「どこに行くか、聞いてる」

「おまえは啓くんと先に出ていい」

 律は赤いペンのキャップを口にくわえかけて、やめた。癖でつけた歯の跡が、プラスチックの縁に幾つも残っていた。

「先に出るのはいいけど、そのあと連絡つかなくなるの、やめてよ」

 修司の口が、少しだけ動いた。

 電話のせいじゃない。昼のうちに一度、父からの着信を律が取らなかった。店に戻れば話せると思った。戻ると機械が回っていて、紙が足りなくなり、今は向こうが言葉を選んでいる。

「荷物を取ってから行く。二階に」

「なら、ここで待つ」

「配るんだろ」

「配ったあと」

 父は返事の代わりに、余った輪ゴムを指に巻きつけた。二周でやめればよかったのに、三周目まで巻いてから外した。

 啓が空気を変えるように、紙を二つの束へ分けた。

「じゃあ、俺は南側。律は商店街。東口で合流して、ここに戻る。それで西へ。みんな、いいよな」

「東口、裏の荷捌き場を抜ければ近いけど」

「抜けない。表を回る。千草さんが、細い道には入るなって」

「僕が言ったんだけど、それ」

「あれ。そうだっけ」

 啓が笑った。二人とも笑ったので、父は何かを言いかけて口を閉じた。

 律は笑うのをやめた。

「父さんは?」

「いい。今ので」

 その答えは、さっき啓が聞いたことへの答えだった。さっき父が言おうとしたことは、まだ聞いていない。

 律は胸のポケットから手帳を出した。赤いゴムを外すと、挟んでいたレシートが滑った。押さえて開いた方眼のページに、三本の短い線を書く。

 南側。商店街。印刷所へ戻る。

 その下の余白で、ペンを止めた。

「あと、何かあった?」

 父は律の手元を見た。書くほどのことか、という顔だった。

「二階から降りるまで、戸を開けといてくれ。鍵、探すのに手間取るから」

「わかった」

 律は、戸、と書いた。

「鍵、いつものとこじゃないの」

「いつものとこが二つあるんだ」

「それは、いつものとこじゃないだろ」

 今度は、父が笑った。

 啓が律の手帳をのぞき込んだ。

「そんなのまで書く?」

「忘れるから」

「戸を開けとくぐらい、忘れないだろ」

「僕が忘れる」

 啓は一度、律の顔を見てから、のぞき込むのをやめた。手帳に何が書いてあるかを勝手に読むな、と律が言ったのは、中学のころの一度だけだった。その一度の言い方が、今も少し嫌だった。啓が覚えていることを嬉しいと思うたび、自分の声のきつさも一緒に思い出した。

「じゃ、頼んだ」

 啓は紙の束を受け取り、機械の横から借りたクリップで留めた。挟む口の小さなものを無理に広げたので、金属が短く鳴った。

 外の空気には、雨上がりの匂いがあった。

 まだ降る、と父が言った。律はガラス戸の向こうの空を見た。雲の低いところが港のクレーンを隠している。路面の水たまりだけが薄く明るく、そこに映った赤い信号が、歩く人の足で途切れた。

「危なかったら、配らず戻れよ」

 父が言った。

「うん」

「全部届けなくてもいいからな」

 律はその言葉も書こうとして、もうゴムを掛けた手帳を見た。

 啓は先に戸を開け、片手で押さえていた。

「行こう、律」

 呼ばれたから顔を上げたのか、顔を上げるところで呼ばれたのか。そのときの律には、区別がつかなかった。

 紙を濡らさないように胸へ抱え、父にもう一度だけ頷いた。

 戸は、閉めずに出た。

第1巻の本文から抜粋しています。

全3巻のオリジナル長編小説

ひとつの身体の、
その先まで。

Kindleでの刊行を準備しています。

ひとり多数決 第1巻 親友を返せ 表紙第1巻

親友を返せ

助けられた、その瞬間に奪われた。親友の声を取り戻すため、律は七人の事情に踏み込んでいく。

刊行準備中 · Kindle販売予定
ひとり多数決 第2巻 反対票のゆくえ 表紙第2巻

反対票のゆくえ

味方が一人、増えればいいのか。ひとつの身体に重なる願いと、戻れない代償が、救出の意味を変えていく。

刊行準備中 · Kindle販売予定
ひとり多数決 第3巻 十六人で、ひとり 表紙第3巻

十六人で、ひとり

守りたい人たちの答えが、ひとつにならない。それでも決めなければならない。街の異変と、親友を取り戻す物語の完結巻。

刊行準備中 · Kindle販売予定

発売日・価格は未定です。販売開始後、各巻のAmazon Kindle販売ページをご案内します。