顔も、声も、親友のまま。
目の前にいるのは啓。けれど、その身体を動かすのは別の誰か。
大切な人の顔をした敵に、律は向き合う。

顔を見ても、敵の数はわからない。
ただ、その身体を動かせない。
人を殺すと、殺された人の意識が、
殺した人の身体へ移る。
名取律を救った親友・朝倉啓。
彼が倒した男の中には、七人いた。
七人が入り、啓の身体を奪った。
姿も声も、律の知っている親友のままで。
律は、今もその中にいる啓を取り戻そうとする。
目の前の敵を傷つければ、親友も傷つく。
力だけでは届かない相手に、どう手を伸ばすのか。
目の前にいるのは啓。けれど、その身体を動かすのは別の誰か。
大切な人の顔をした敵に、律は向き合う。
七人が入り、主導権を失った。啓は自分の身体の中で、律の声を聞いている。
ここまでが、物語のはじまり。
被害者の意識は、殺した人の身体へ移る。相手の中に複数の意識がいれば、その全員が移ってくる。
誰に身体を任せるかを、内側の意識が選ぶ。全体の半分を超える支持を得た人が、その身体を動かす。
過半数を得た人がいなければ、元の身体の持ち主が動かす。ほかの人が過半数を得たときは、その人が動かす。
意識が残っても、失われた肉体は戻らない。声も、痛みも、生きる場所も、一つの身体を共有する。
内側で口にした言葉は、同居する全員に届く。
けれど、黙っている人の思考や記憶までは読めない。
数える。選ぶ。そして、一票を変える。
この街の異常を、少しだけ体験してみよう。
この身体の持ち主は A
五人の意識が、一つの身体にいる。Aに二票、Bに三票。
A・Bから答えを選んでください。
五人、それぞれの一票
身体の持ち主でも、いつも動かせるとは限らない。
誰か一人の選択で、主導権は変わる。
同数なら、元の身体の持ち主が動かす。
その一票には、誰かの願いがある。
親友を取り戻すため、律は一人ひとりと向き合う。
本編とは別の仮想の投票です。登場人物の選択や、事件の解決方法を示すものではありません。
Aに二票、Bに三票なら、Bが動かす。一票がBからAへ変わると、Aの三票が過半数になる。AとBが三票ずつなら、元の身体の持ち主Aが動かす。
JavaScriptを有効にすると、この投票を操作できます。
この身体の元の持ち主は A。
一人に一票。誰に身体を任せるか、選び直してください。
人数変更は比較用の操作です。物語では意識を自由に出し入れできません。この体験では、減らした候補への票をAへ戻します。

なとり りつ / 19歳
「聞こえてるなら、聞いてくれ。」
印刷所を手伝う青年。人の言いかけた言葉を、手帳の余白に残す。自分を救ってくれた啓の身体が奪われたとき、見えない相手との交渉を始める。

あさくら けい / 19歳
「聞こえてる。ここにいる。」
迷うより先に、誰かを助けに走る律の親友。律を襲う男を倒した直後、身体の主導権を奪われる。声を出せなくても、律の声は届いている。

くぜ せり / 22歳
「その人が黙ってる理由まで、決めないで。」
市民の避難を手伝う女性。手際のよい応急処置と、妙に長い沈黙。独りで行動しているように見えるが、誰かへ返事をすることがある。

まみや しゅう / 38歳
「彼を傷つけたくはないでしょう。」
啓の身体を動かし、律に取引を持ちかける。穏やかな言葉で安全を約束し、助けた人々を自分のそばに置こうとする。
画像は間宮自身の肉体の設定画です。啓を動かしているときの外見は、朝倉啓のままです。

ちぐさ こずえ / 36歳
「無事な人を、一人ずつ確かめます。」
避難と救助に当たる警察官。異常な状況でも、記録と確認を省かない。親友を取り戻したい律と、街に残された人たちの双方を守ろうとする。
久世 芹律の救出に協力
千草 梢市民の避難と保護
導入時点の関係です。身体の外見と、それを動かす意識は一致するとは限りません。
第一章「親友の声で」冒頭
啓の声を、聞き間違えたことはなかった。
印刷機の回る音に半分ほど削られても、店の前を走る配送車に最後の一音を持っていかれても、名取律にはわかった。呼ばれるより先に顔を上げることさえあった。そういう付き合いの長さを、律は長さとして考えたことがなかった。
「律。これ、西じゃなくて東で合ってる?」
だからそのときも、紙をそろえたまま答えた。
「どれ」
「避難所の矢印。なんか反対に見える」
「地図を逆さに持ってる」
「ああ」
朝倉啓が紙を回した。その勢いで下の一枚が滑り、作業台の角へ落ちかける。律が押さえるより早く、啓の大きな手が止めた。
用紙には、まだ機械を通ったばかりのぬくもりが残っていた。
名取印刷所では、午後からずっと同じ地図を刷っていた。西へ抜ける県道。市民体育館。臨時のバス乗り場。避難先の名前よりも大きな文字で、歩けない人は迎えを待つようにと書いてある。市から届いた原稿には、迎えが何分で来るのかは書かれていなかった。
律は腕時計を見た。自分の時計ではない。作業台に肘をついた啓の、左の手首だった。薄く汚れた布のベルトが、汗を含んで色を濃くしている。
「五時の更新は?」
「まだ。千草さんが来たら、そっちに差し替えればいいって」
「一回出したやつ、全部は戻せないぞ」
「わかってる。だから時間も入れたんだろ」
啓が地図の隅を指した。十六時三十分現在。そこだけ、本文より細い字になっている。
律は父に頼まれて時刻を足していた。道が閉じたとき、古い紙が残る。大きな矢印には、人を歩かせる力がある。印刷した側が正しいと思っている間だけ効く力ではない。
「もう少し大きくする?」
奥から修司が言った。
父は紙の束を右の手のひらに打ちつけ、端をそろえていた。爪の際の黒い汚れは、石鹸で洗っても取れない。律が子どものころ、父の手はいつでも何かを触ったあとだった。
「次からでいい。今ある分は、僕が赤で囲む」
「全部?」
「二百枚でしょ」
「百八十。二十、裏が擦れた」
修司は床の箱を顎で示した。
箱には、赤いペンで一本ずつ線を引かれた紙が入っていた。表には間違いがない。裏に黒い汚れがついているだけだ。律はもったいないと思ったが、拾い上げなかった。裏を確かめるために足を止める人がいるかもしれない。違う地図が透けていると見えるかもしれない。今日は、そういう「かもしれない」を捨てる日なのだと、父の手つきを見て思った。
店先のラジオが、また同じ呼びかけを始めた。
鳴瀬市内の一部で、意識の混乱を伴う事案が複数確認されています。
その先は印刷機が吸い込んだ。律は耳を向けたが、啓が取っ手を引いて機械を止めるほうが早かった。
刃物その他の危険物を持つ人に近づかず、安全な場所へ移動してください。西側の県道は通行できます。自家用車の利用が難しい方は――。
聞き慣れた女の人の声だった。いつもなら、ごみの収集日や花火大会の交通規制を知らせている。今日は三十分おきに同じ声が流れ、流れるたびに、語尾の静けさが少しずつ怖くなった。
「意識の混乱って、結局なんだよ」
啓が言った。
「わからない」
「昼の動画、本物かな」
「どれが?」
スマートフォンには、違う場所の映像がいくつも届いていた。何年も前の事件だと注記のついたものも、撮影した人がすでに消したものもある。父の連絡先に送られてきた動画では、病院の入口に立った人が誰かの名前を叫んでいた。自分の名前ではない、と説明の文字がついていたが、律には、それがどうしてわかるのかがわからなかった。
「自分の奥さんじゃないって言ってたやつ」
「自分の奥さんに、ああいう言い方をしただけかもしれない」
「そうだけどさ」
啓は肯定も否定もせずに、机の紙をもう一度そろえた。
店の外を、荷物を抱えた人が二人通った。キャリーケースの車輪が、古い舗装の継ぎ目でひっかかった。片方が引き直す前に、啓がガラス戸を開けた。
「持ち上げましょうか」
返事を待つあいだに、片足だけ外へ出ていた。
律は、その足を見た。白い靴底。右の外側だけ減っている。啓はいつも右に体重をかけて立つ。思い出しているのではなく、知っていたことが目に触れただけだった。
断られると、啓はすぐに足を戻した。二人は会釈して西へ歩いていった。律たちのいる印刷所とは逆に、町の人の流れは一方向になりつつあった。
「俺たちも配ったら出よう」
「お母さんは?」
「先に行った。体育館じゃなくて、市外の親戚のとこ。さっき電話きた」
啓はポケットからスマートフォンを半分出し、やめた。
「おまえんちは?」
律は父を見た。
修司は紙の箱に蓋をせず、ラジオを見ていた。古いラジオだった。右のつまみが取れ、軸に黄色いビニールテープを巻いてある。新しいものを買う金がないのではない。今のが聞こえるからという理由で、父は買い替えなかった。
「父さん、どうする」
「この束が終わったら、シャッターは下ろす」
「どこに行くか、聞いてる」
「おまえは啓くんと先に出ていい」
律は赤いペンのキャップを口にくわえかけて、やめた。癖でつけた歯の跡が、プラスチックの縁に幾つも残っていた。
「先に出るのはいいけど、そのあと連絡つかなくなるの、やめてよ」
修司の口が、少しだけ動いた。
電話のせいじゃない。昼のうちに一度、父からの着信を律が取らなかった。店に戻れば話せると思った。戻ると機械が回っていて、紙が足りなくなり、今は向こうが言葉を選んでいる。
「荷物を取ってから行く。二階に」
「なら、ここで待つ」
「配るんだろ」
「配ったあと」
父は返事の代わりに、余った輪ゴムを指に巻きつけた。二周でやめればよかったのに、三周目まで巻いてから外した。
啓が空気を変えるように、紙を二つの束へ分けた。
「じゃあ、俺は南側。律は商店街。東口で合流して、ここに戻る。それで西へ。みんな、いいよな」
「東口、裏の荷捌き場を抜ければ近いけど」
「抜けない。表を回る。千草さんが、細い道には入るなって」
「僕が言ったんだけど、それ」
「あれ。そうだっけ」
啓が笑った。二人とも笑ったので、父は何かを言いかけて口を閉じた。
律は笑うのをやめた。
「父さんは?」
「いい。今ので」
その答えは、さっき啓が聞いたことへの答えだった。さっき父が言おうとしたことは、まだ聞いていない。
律は胸のポケットから手帳を出した。赤いゴムを外すと、挟んでいたレシートが滑った。押さえて開いた方眼のページに、三本の短い線を書く。
南側。商店街。印刷所へ戻る。
その下の余白で、ペンを止めた。
「あと、何かあった?」
父は律の手元を見た。書くほどのことか、という顔だった。
「二階から降りるまで、戸を開けといてくれ。鍵、探すのに手間取るから」
「わかった」
律は、戸、と書いた。
「鍵、いつものとこじゃないの」
「いつものとこが二つあるんだ」
「それは、いつものとこじゃないだろ」
今度は、父が笑った。
啓が律の手帳をのぞき込んだ。
「そんなのまで書く?」
「忘れるから」
「戸を開けとくぐらい、忘れないだろ」
「僕が忘れる」
啓は一度、律の顔を見てから、のぞき込むのをやめた。手帳に何が書いてあるかを勝手に読むな、と律が言ったのは、中学のころの一度だけだった。その一度の言い方が、今も少し嫌だった。啓が覚えていることを嬉しいと思うたび、自分の声のきつさも一緒に思い出した。
「じゃ、頼んだ」
啓は紙の束を受け取り、機械の横から借りたクリップで留めた。挟む口の小さなものを無理に広げたので、金属が短く鳴った。
外の空気には、雨上がりの匂いがあった。
まだ降る、と父が言った。律はガラス戸の向こうの空を見た。雲の低いところが港のクレーンを隠している。路面の水たまりだけが薄く明るく、そこに映った赤い信号が、歩く人の足で途切れた。
「危なかったら、配らず戻れよ」
父が言った。
「うん」
「全部届けなくてもいいからな」
律はその言葉も書こうとして、もうゴムを掛けた手帳を見た。
啓は先に戸を開け、片手で押さえていた。
「行こう、律」
呼ばれたから顔を上げたのか、顔を上げるところで呼ばれたのか。そのときの律には、区別がつかなかった。
紙を濡らさないように胸へ抱え、父にもう一度だけ頷いた。
戸は、閉めずに出た。
第1巻の本文から抜粋しています。
Kindleでの刊行を準備しています。
第1巻助けられた、その瞬間に奪われた。親友の声を取り戻すため、律は七人の事情に踏み込んでいく。
刊行準備中 · Kindle販売予定
第2巻味方が一人、増えればいいのか。ひとつの身体に重なる願いと、戻れない代償が、救出の意味を変えていく。
刊行準備中 · Kindle販売予定
第3巻守りたい人たちの答えが、ひとつにならない。それでも決めなければならない。街の異変と、親友を取り戻す物語の完結巻。
刊行準備中 · Kindle販売予定発売日・価格は未定です。販売開始後、各巻のAmazon Kindle販売ページをご案内します。